フィリピン パヤタス地区でのスタディーツアー、ワーク体験、ボランティア

団体設立のきっかけ

1人の女の子との出会い

1994年夏、フィリピンへのスタディーツアーで、保育士をしている女性と高校の教師をしている女性が出会いました。二人はパヤタス地区でホームステイを体験し、ゴミ拾いをして働く人たちの暮らしの厳しさや子どもたちが遭遇する辛い現実について知りました。そしてそこで1人の女の子と出会いました。
設立のきっかけとなったごみ山で働く子どもたちとの出会い1994年8月7日
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
14歳ほどの女の子。本来であれば中学校に通っている年齢ですが、彼女はゴミ山で働いています。
彼女に「今したいことはなに?」と問いかけると、彼女は「小学校2年生に戻りたい。」と答えました。
小学校2年生で学校に行く事を諦めて、そこから毎日毎日この過酷なゴミ山で働いている…
そんな彼女の姿を見て、2人は何かをしなければ、と思い日本へ帰国しました。

パヤタスでの幼稚園建設

訪問の翌年、パヤタスで幼稚園を建設する計画があったため、2人は帰国後に日本で幼稚園の建設費を集める協力をしました。そして無事に幼稚園は建設され、2人は開園式に参加するために再びパヤタスを訪問しました。そしてそこで知りました。幼稚園を卒園する19人の子どもは、家庭が小学校に通う学費が出せないために小学校へ進学する事ができないことを。せっかく文字を覚えた子どもたちが、学校ではなくゴミ山へ行って働かなくてはならないことを。
煙るごみ山で働く子どもたちappu
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
※現在は児童労働防止条約により、16歳未満の子どもがゴミ山で働く事は禁止されています。

奨学金支援の開始、ソルト・パヤタスの誕生

当時、1人の子どもが学校に通うのに必要な年間の金額は約12,000円でした。12,000円で、フィリピンの子どもに教育の機会が与えられる。それを知れば共感して協力してくれる人はきっといるはず。
 
二人は幼稚園を卒園する19名の子どもたちのために、周囲の友人・知人によびかけ、ひとりひとりの子にスポンサーを見つけました。「19人の子どもたちを学校に・・・」二人のささやかな活動から、ソルト・パヤタスがはじまりました。そしてその活動は徐々にマニラに滞在する学生や駐在員の方たちの協力を得て、受け継がれ広がっていきました。
ソルト・パヤタス学費を支援して下さるスポンサーに手紙を書く奨学生
 
 
PAGE TOP